July 09, 2008

北方謙三「水滸伝」全19巻

Suikoden119
前回の読後感想&紹介文を書いてから、ずいぶん時間がたってしまったが、主な理由は、この北方謙三「水滸伝」にかなりはまってしまったことによる。一挙にというほどではないが、空き時間はほとんどこのシリーズにのめりこみ、7月までにかけて、ほとんど休まず全19巻を読み進めてしまった。

いやー、北方謙三先生には参りました。実はこれまで、日本語訳された「水滸伝」を通読したことがなかったのだが、この北方水滸伝には、2巻を読み始めた頃から、まさにぐいぐいと物語の世界に引きずり込まれた。また、その引き込まれ方が、ひとつの快感にもなってきた。

文庫版の解説などを読むと、この「北方水滸伝」は、これまで伝えられてきた水滸伝を、いったんすべて消化したうえでバラバラに解体し、それを新しい物語として再構築したようなものだという。それでは、この「北方水滸伝」をもって初めて水滸伝を通読した読者はいったいどうなるのだろう。これはもはや、北方水滸伝をもって本来の水滸伝と思わざるを得なくなるくらい、強烈な“刷り込み”が行われてしまったに違いない。

宋を倒して新しい国づくりをめざす志を持った男たちが梁山泊に集い、それぞれの意思と持ち場で闘いに挑んでいくさまを描いた、この水滸伝。大筋としては単純ではあるが、そこに出てくる一人ひとりの生き様と、闘いに挑んでは死んで行く、その死に様は、これはふさわしい表現ではないかもしれないが、非常に多彩で輝かしい。

たとえば最近の映画やドラマでは、たくさんの登場人物をからませることによって、物語の展開をふくらませていくという手法が流行っているようだが、そうした意味では、この「水滸伝」は、梁山泊に集う「108人の好漢」が織り成す人間模様のボリューム感で、現代の物語を圧倒する迫力がある。

そして、その漢たちのほとんどが、やがて闘いのなかで死んで行く。そして残された者たちは、死んでいった仲間たちを決して忘れることはない。

人間関係の希薄さや難しさが切実な問題となっている現代だから、よけいにこの物語の登場人物たちの生き方と、たとえ志なかばであっても、同志に志を託して散っていく漢たちの姿と友情に、憧憬に近いものを感じてしまうファンも多いに違いない。

文庫版19巻の通読後は、何か虚脱感に近い満足感があった。文句なく面白く、楽しめる作品だったと思う。

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北方謙三「灼光」(神尾シリーズⅡ)

Syakkou
北方謙三「灼光」は、かつて一等航海士であった神尾修二が、横浜で陸(おか)に上がってから知り合った登場人物らと、ときには海を越えて外国で闘いを繰り広げるハードボイルド、「神尾シリーズ」の第2弾である。今回は、失踪したひとりの青年を追って、アフリカ・コートジボワールまで神尾はやってきた。そこから物語が始まる。

文庫版カバーにはこうある。「失踪した青年、水町俊の後を追った元一等航海士・神尾修二はアフリカ・コートジボワールに降り立った。俊を見つけ出し、日本の母親に送り届ければ仕事は簡単に終わるはずだった。だが、彼の足どりはつかめず、捜索はたび重なる妨害にあい、神尾は生命を狙われた。――男の誇りを守るため、彼は灼熱の地での闘いを始める」と。

水町俊という青年は、神尾が横浜で2階の部屋を借りている小さなレストランの女主人・水町三佐子の息子だった。彼を追ってくれと依頼されたときには、水町三佐子だけではなく、彼女と関係の深い弁護士・八木からも頭を下げて頼まれた。めったに人に頭を下げることなどない、八木から頼まれたことで、何か理由があることは感じ取れた。

コートジボワールに着いて早々に、トーゴで役人をしている古い友人を通して紹介された、アビジャンのエミールという男と神尾は出会う。それから、このエミールという初老の男をガイドに、二人でシュン・ミズマチを探す旅に出る。

ようやく探り当てたシュンは、怪我でなかば屍体のようになって、村の奥に匿われていた。ぼろぼろになった身体ながら、シュン・ミズマチには、日本から消えた恋人・イザベラの行方を探り当て、彼女を守ろうとする意思は消えていなかった。それをシュンと殴り合いをすることで、神尾はしっかりと確かめる。

シュンを探し出し、日本に連れ帰るという仕事だったはずが、シュンの固い意志に触れ、やむなく一緒にイザベラを探そうと行動しはじめる神尾。何か共感を覚えたのか、エミールもそれに協力する。

そこからは、この「神尾シリーズ」独特のサバイバルな行程と、国内とはまったく違った環境のなかでも、あきらめずに目的に向かう、神尾の不屈な歩みが始まり、やむなくそれに同行した者たちも、やがて危険を冒してでも神尾に協力しようとする。

ここから先は、本書を読んで、じっくりとその神尾の「不屈の魂」に触れてほしい。「男は、最後まで立っていなければならない」という、無言だが強烈な、男たちの意思が物語の底流に流れている。

先の「群青」に始まる、この「神尾シリーズ」の現在までの文庫版ラインナップは以下の通りだ。

①「群青」(神尾シリーズⅠ)
②「灼光」(神尾シリーズⅡ)
③「炎天」(神尾シリーズⅢ)
④「流塵」(神尾シリーズⅣ)
⑤「風烈」(神尾シリーズⅤ)
⑥「海嶺」(神尾シリーズⅥ)


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March 07, 2008

北方謙三「群青」(神尾シリーズⅠ)

Gunjho
北方謙三「群青」は、元一等航海士・神尾修二を主人公(語り手)とするシリーズの第1話。10年間、航海士として外国航路で過ぎしてきた神尾修二が船を降りて間もなく、古い友人どうしの殺人事件をめぐり、望んだわけではないトラブルに巻き込まれていく。

1994年4月25日に初版発行とされている集英社文庫のカバーには、「一等航海士・神尾修二は、友人の戸山が殺されたことを航海中に知る。神尾の婚約者を自称する教子のトラブルが原因という。婚約をした覚えがない彼にとっては、不可解な事件だった。職を辞し、横浜に上陸した神尾に、さまざまな男女が接触してくる。そして不可解な暴力が彼を襲う――男の怒り、哀しみを鮮烈に描く新シリーズ第一作」とある。

横浜の港で船を降りた神尾を待っていたのは、両足のない弁護士・八木辰造だった。八木は神尾に、戸山と小谷の事件に関して、「自分の足になれ」という。

帰国する度に神尾が宿泊してきた「楡ホテル」に入り、外出したその夜、いきなり二人の男に襲われる。理由は、永井教子との結婚の約束をしたと思われてのことのようだ。しかし、神尾にその覚えはない。

関内の行きつけのバー「らくだ」で働いていた教子の行方を、その店のマスター、大島に尋ねに行く神尾。そこでは怪しげな亀井商会の男たちと、神奈川県警捜査一課の木下警部補と出くわす。やはり何か理由があって、神尾は付け回されているようだ。

その木下刑事から、「婚約者に会わせてやる」と言われ、永井教子がいたらしい家を訪ねる。しかし、そこにはもう教子はいなかった。楡ホテルの部屋に帰ると、今度は3人の男に襲われる。

翌日、傷ついた身体を引きずって、ボクシングジムに入会する神尾。ジムから出てきた神尾を、また黒塗りの車に乗った弁護士・八木が待っていた。車を買おうと考えた神尾を、知り合いの店に案内する八木。マセラーティ・スパイダーに目をつける神尾に、「いい眼をしているぞ」という八木。それでも結局その日は車を買わずに帰る。

それから次々と、この「神尾シリーズ」に以後登場する人物が神尾の前に現われる。姿を隠した永井教子の義理の姉と名乗る中沢恵子。八木の弁護士事務所に所属し、神尾の側にいることを命じられる若き弁護士・秋月明。ボクシングジムで神尾に声をかける先輩ボクサー・長坂。

その間、永井教子から連絡があり、神尾に「助けてほしい」と彼女は言う。しかし、数日後に再び連絡をしてきた教子を迎えに行った、本牧埠頭のセンターピアの車のなかで、彼女は殺されていた。

その後、ジムの帰りに秋月に連れて行かれたレストランで、どうやら八木老人と知り合いらしい、このレストランの女主人・水町三佐子と初めて出会う。「実は、ここの二階が空いてましてね」と、これまでさんざん探して決まらなかった部屋を神尾に勧める秋月に、神尾は「借りよう」と即決する。

そして、これも秋月に依頼して購入と車庫証明の手続きをしてもらった濃紺のスパイダー・マセラッティーと一緒に、たったひとつのスーツケースを持って、神尾はこの二階の部屋に引っ越してくる。その後、秋月を乗せて行った本牧埠頭センターピアで、「あそこから、俺の陸(おか)の生活ははじまるような気がする」と秋月に言う神尾。その場所を、「俺の、屈辱の場所さ」と神尾は言う。

そして神尾は、中沢恵子が経営する「港南ワールド」を訪ね、恵子が神尾に依頼した「永井教子を見つけて」という件の報酬を「今夜の食事で」払えという。それに応えて、神尾を食事に招いた恵子は、食後に自宅に案内し、そこで洋一というひとりの少年を神尾に紹介する。「さっきの依頼の件、彼からのものにするわ。永井洋一。永井教子のひとり息子よ。報酬は、彼の全財産。そうね、郵便貯金の八千円というところかしら」という恵子に、「引き受けた」と答える神尾。

ここから、永井教子の殺された理由を探って、さらに大きなトラブルにからんでいく神尾の物語は佳境に入っていく。最初に殺された戸山と、マンション販売会社を経営する戸山の母親。戸山を殺した疑いで拘留されている小谷。亀井商会の亀井。県警の木下刑事…。神尾の動きが、それぞれを刺激し、また新たな動きを見せる。

その間も、ジムで長坂から教わったフットワークをひたすら練習し、身につけようとする神尾。肉体への負荷とともに、自分の身体のなかの「けもの」も目覚めていくことを感じる神尾。やがて秋月のジムでのトレーニングも、少しずつ格好がついてくる。

ようやく事件のおよその経緯を探り出し、まだ母親が生きていると信じてきた洋一に、教子の殺された理由を伝えようとした神尾だが、そこに洋一が拉致されたらしい知らせが届く。かつての船の仲間に力を借りて、入港中の船のなかから、洋一が捕らわれている上総丸にあたりをつける神尾。

洋一を助けるために、単身で上総丸に漕ぎつける神尾。ここからは激しい闘いが繰り広げられる。

冒頭ではゆっくり時間が流れていた物語が、佳境からこのエンディングに向けて急展開を見せ、読んでいるとぐいぐい話しに引き込まれていく。最後は、事件は解決したように見えても、決して癒えない傷を神尾が追うという悲しい終わり方になるのだが、これもこの「神尾シリーズ」の、ひとつの特徴にこれからなっていく。

鎮魂と再生と、その果てしない繰り返しのなかで、主人公である神尾と、ぐんぐんたくましくなっていく弁護士・秋月のペアが、海を渡って繰り広げるこの「神尾シリーズ」は、他の北方作品とは違った魅力で、読む者を惹きつけて離さない。重い荷物を背負ってしまった中沢恵子と神尾との哀しく強い精神的な関係も、このシリーズのひとつの軸になっている。

まだ感想は書いていないが、この「神尾シリーズ」の現在までの文庫版ラインナップは以下の通りだ。

①「群青」(神尾シリーズⅠ)
②「灼光」(神尾シリーズⅡ)
③「炎天」(神尾シリーズⅢ)
④「流塵」(神尾シリーズⅣ)
⑤「風烈」(神尾シリーズⅤ)
⑥「海嶺」(神尾シリーズⅥ)

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February 23, 2008

北方謙三「ブラディ・ドール」&「約束の街」シリーズ

ここまでで、北方謙三ハードボイルドの金字塔、「ブラディ・ドール」シリーズと、それに続く連作「約束の街」シリーズの作品は紹介し終えた。
以下がその一覧だ。

今回は、北方HB作品の特徴でもあり、この一連の作品を貫いている「一人称」での語り手(主人公)と、そのほかの主な登場人物をあげてみたい。
もちろん、このほかにも、さまざまなキャラクターが登場する。

●北方作品「ブラディ・ドール」&「約束の街」タイトル・主人公〈語り手〉一覧

 No シリーズ名 作品名     語り手         主な登場人物
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 1 ブラディ・ドール①  さらば、荒野 川中良一(社長)   藤木年男(バーテン)
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 2 ブラディ・ドール②  「碑銘」   坂井直司(鉄砲玉)   藤木年男(バーテン)
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 3 ブラディ・ドール③  「肉迫」   秋山律(ホテル経営) 秋山安見(秋山の娘)
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 4 ブラディ・ドール④  「秋霜」   遠山一明(画家)   玲子(遠山の愛人)
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 5 ブラディ・ドール⑤  「黒銹」   叶竜太郎(殺し屋)   沢村明敏(ピアニスト)
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 6 ブラディ・ドール⑥  「黙約」   桜内(医師)   山根知子(看護婦)
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 7 ブラディ・ドール⑦  「残照」   下村敬(元会社員)   沖田(医師)
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 8 ブラディ・ドール⑧  「鳥影」   立野良明(スーパー経営) 和子(立野の元・妻)
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 9 ブラディ・ドール⑨  「聖域」   西尾正人(教師)   高岸(鉄砲玉)
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10 ブラディ・ドール⑩  「ふたたびの、荒野」 川中良一   宇野(弁護士)
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11 ブラディ・ドール読本 男たちの荒野 ブラディ・ドール読本 ―
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12 約束の街①  「遠く空は晴れても」 川辺和明(?) 若月真一郎(トラベル会社)
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13 約束の街②  「たとえ朝が来ても」 波崎了(?)  須田光二(花屋・酒場経営)
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14 約束の街③  「冬に光は満ちれど」   山南定男(殺し屋) 市来(殺し屋)
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15 約束の街④  「死がやさしく笑っても」 田村幸太郎(ジャーナリスト) 久納俊一
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16 約束の街⑤  「いつか海に消え行く」 木野健(漁師)  山南定男(薔薇栽培師)
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17 約束の街⑥  「されど君は微笑む」 若月真一郎(トラベル会社) 川中良一
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18 約束の街⑦  「ただ風が冷たい日」 若月真一郎(トラベル会社) 高岸(ボーイ)
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February 22, 2008

北方謙三「ただ風が冷たい日」(約束の街⑦)

北方謙三「ただ風が冷たい日」は、「約束の街」シリーズの第7弾。前作の「されど君は微笑む」を読み終えて、「あー、これでブラディ・ドールと約束の街がつながった!」とホッとしたところで大型書店をのぞいてみると、なんと素晴らしいタイミングで、文庫版の続編の初版が発行されていた。奥付発行日は平成19年12月25日。まだ発行されて間もないではないか。これは即、買うしかないとレジ直行。
Tadakazegatsumetaihiyakusokunomachi


主人公(語り手)は、シリーズ第1弾の「遠く空は晴れても」と同じく、再び若月真一郎(ソルティ)に戻るのだが、ここにも、前作「されど君は微笑む」(約束の街⑥)に引き続き、「ブラディ・ドール」の面々が登場する。最初にこの街に姿を現すのは、「ブラディ・ドール」シリーズの⑨「聖域」で、高校を中退して暴力団に身を投じようとした若者、高岸だった。高岸は、この話の主人公(語り手)の高校教師・西尾に行方を探され、やがて西尾とともに敵とカーチェイスを繰り広げ、その結果、自分を探してくれた教師、西尾は命を落とす。

その後、川中のもとで、酒場「ブラディ・ドール」のボーイとして過ごしていた高岸が、この街に現われたのは、弁護士・宇野(キドニー)を尋ねてのことだった。

しかし、宇野は高岸と会おうとしない。姫島の久納義正老人から、宇野のガードを依頼された若月は、必然的にこのトラブルに巻き込まれていく。やがて宇野を探し回る高岸と、宇野をガードする若月は、浜辺で1対1で殴り合いと演じる。かろうじて高岸を殴り倒した若月だが、翌日の体力の回復は若い高岸にはかなわない。

そのうちに、宇野を探す高岸と、それを牽制する若月、波崎は、高岸を追う敵の存在にも気づき、トラブルの理由を探るために、高岸と組んで、3人で敵の車とカーチェイスを繰り広げる。

それが自分の唯一の財産というポルシェを駆る波崎と、作家・群秋生が持て余す車のなかからジープ・チェロキーを借りて乗る若月が高岸に協力するが、走りの見事さでは、死んだ恩師・西尾の乗っていたカローラ・レビンを身体の一部のように扱う高岸が敵を圧倒した。

群秋生も、川中のもとからきた高岸という若者に興味を持ち、自宅でのビリヤード勝負に誘い込む。その勝負にいかさまで勝った群秋生が、高岸からことの顛末を聞きだす。高岸がこの街に来たのは、恩師・西尾の異母妹が経営するバレンシア・ホテルの乗っ取りを阻止しようとして、弁護士・宇野に交渉するためだった。

しかし、この乗っ取り計画は、単にバレンシア・ホテルの乗っ取りにとどまらない根が深いもので、またしてもそこに久納一族の本家の兄弟である久納満と均との確執がからんでいた。姫島の久納老人のもとから、水村までもがやってきて、宇野や高岸の周辺で動いているもの、それが理由だった。

そうした状況に置かれたこの街に、再びあの男がやってきた。「ブラディ・ドール」の登場人物の中心である、川中良一である。ホテル・カルタヘーナの総支配人である忍信行や、姫島の久納義正、水村とも知り合いであるらしい川中が乗り込んできたことで、事態はさらに急を告げる。

おまけに川中は、いまでは若月とほぼ同年配になっている「ブラディ・ドール」のバーテン兼フロアマネージャー坂井(ブラディ・ドール②「碑銘」から登場)と、ピアニスト沢村(ブラディ・ドール⑤「黒銹」から登場)の二人を伴ってこの街にやって来ていた。哀愁のピアニスト沢村は、しばらくホテル・カルタヘーナのバーでピアノを弾くという。

ここからはエンディングに向かって、この街の乗っ取り計画と、それにからむ久納満と均の兄弟の争いをめぐっての抗争が急展開を見せ始める。沢村のピアノに涙を流す、暴力団・水無月会のナンバー2・崎田も、聞けばこの街の生まれだったという。群秋生と、バレンシア・ホテルのオーナー、中本佐知子の関係も明らかになる。

自ら窮地に乗り込んで情報を集めようとする波崎。やはり自らの身体を盾にして、己の守るべきものを守ろうとする、群秋生と沢村明敏。命を賭けた行動は、誰のためでもない。自分自身の誇りとこだわりのためだという。

「ブラディ・ドール」シリーズのいったんの終焉から数年を経て、さらに成熟した「ブラディ・ドール」の登場人物たちが、この「約束の街」の登場人物とともに、また男たちの闘いに踏み出していく。

やっぱりいいなあ、「約束の街」。そして「ブラディ・ドール」の男たち。年齢も職業も、この街で過ごしてきた年月も関係はない。あるのは目の前の闘いに、自分自身の誇りを賭けられるかどうか。その思いが、死を目の前にしても、男たちを激しく突き動かす。

シリーズの解説によると、この「約束の街」は、まだこれで終わりではないという。すると、この後も、「ブラディ・ドール」の登場人物と、この「約束の街」のキャレクターとが交錯して織り成すストーリーが読めるということか。だとすると、北方HBファンとしては、次の作品がますます楽しみにだ。


【以下、関連記事】
北方謙三「されど君は微笑む」(約束の街⑥)
北方謙三「いつか海に消え行く」(約束の街⑤)
北方謙三「死がやさしく笑っても」(約束の街④)
北方謙三「冬に光は満ちれど」(約束の街③)
北方謙三「たとえ朝が来ても」(約束の街②)
北方謙三「遠く空は晴れても」(約束の街①)
北方謙三「ふたたびの、荒野」(ブラディ・ドール⑩)
北方謙三「聖域」(ブラディ・ドール⑨)
北方謙三「鳥影」(ブラディ・ドール⑧)
北方謙三「残照」(ブラディ・ドール⑦)
北方謙三「黙約」(ブラディ・ドール⑥)
北方謙三「黒銹」(ブラディ・ドール⑤)
北方謙三「秋霜」(ブラディ・ドール④)
北方謙三「肉迫」(ブラディ・ドール③)
北方謙三「碑銘」(ブラディ・ドール②)
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)続き
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)

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February 12, 2008

北方謙三「されど君は微笑む」(約束の街⑥)

北方謙三「されど君は微笑む」は、「約束の街」シリーズの第6弾。主人公(語り手)は、シリーズ第1弾の「遠く空は晴れても」と同じく、再び若月真一郎(ソルティ)に戻るのだが、今回は主な登場人物が、何と「ブラディ・ドール」シリーズの主役である川中良一と坂井直司、それに秋山律の娘、秋山安見となる。
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ここで物語としては初めて、「ブラディ・ドール」と「約束の街」が交錯する。北方HB作品の、とりわけ「ブラディ・ドール」シリーズのファンとしても、見逃せない展開となる。

文庫版カバーにはこうある。「幾つもの死を見すぎた眼、いつまでも心を衝く悲しい笑顔。川中良一の最初の印象だ。川中は街にトラブルを運んでやってきた。N市で“ブラディ・ドール”という酒場を経営する川中は、ホテル・キーラーゴの社長の娘・秋山安見を探しに来たのだった。安見はプロの殺し屋に狙われていた……。他人の人生の暗いところに首を突っこみ、塩辛い思いをしてばかりいる“ソルティ”と、川中は抗争の渦中に飛び込む!! 虚飾の街に”ブラディ・ドール”の男たちが集う。北方謙三ハードボイルドの集大成、大長編。」と。

数年ぶりに雪が降り積もった日に、海沿いの道で出会った若い女と、助手席の髪の長い青年。スタックしている様子の車に話しかけてみたが、できるかぎり余計なものには関わらないように、その場を後にする。

そのすぐ後に、用事を済ませた港町で、ひとりで歩いてくる水村と出会う。姫島からこの漁港まで40キロ近くの距離を、苦にもせずランナバウトで渡ってきてしまう水村。

そして夜、バー「てまり」で飲んでいる川中と出会い、話をする群秋生と若月。バーテンの須田は、川中に死んだ以前のボス・須田光二の面影を見てしまう。

闊達の喋り、人を惹きつけてしまう笑顔を見せながらも、人が死んでいくのを見すぎた川中の眼は、若月の心を哀しく衝く。

六ヶ月になる娘の亜美を育てながら、牧子と暮らす若月。自分がこんなふうに父親らしくなることを、若月は想像したこともなかった。

顔を出したホテル・カルタヘーナの社長室には、忍のほかに波崎も来ていた。人を探す仕事。名前は秋山安見といい、男と一緒でグレーの国産車に乗っているという。どうやら、あの雪の日に会った若者がそうらしい。

波崎とともに、秋山安見を探すことになった若月。はじめは波崎も、依頼人も一緒にいる男の名も教えようとしない。すでに川中と会っている若月は、確実にトラブルの匂いを感じ取る。若月は川中が依頼人だと思う。しかし、実際の依頼人は、N市に住む遠山一明という画家だった(この遠山は、「ブラディ・ドール」シリーズ④「秋霜」で、岬の鼻の断崖絶壁をよじ登って、若い女に会いに行った、あの老画家だ)。どうやら、忍と遠山とは旧知の間柄らしい。

安見を探す手がかりとして川中に目をつけた若月と波崎はこんな会話を交わす。
「ところでソルティ、今度のやつは匂うのか。でかいトラブルになるって?」
「俺は、川中って男がからんでいたら、とんでもないことになりそうな気がする」

川中を探しに街に出た若月が見つけたのは、須田美知代が経営する花屋「エミリー」の前に停まっている川中の車だった。行く先の見当をつけて追ったには、かつて山南が黒薔薇を育てていたバラ園で、二人はバラ園のなかにあった。秋山が残したホテル・キーラーゴの庭で、このバラを育てたいのだという。

話してみると川中は、「姫島に行くから船を出せ」という。若月が川中から秋山安見について聞き出し、川中はこの街と久納一族について、若月から話を聞いた。それでも川中は姫島の久納義正に会うという。

夜、波崎と会う約束をした「てまり」に行くと、また危険な匂いをさせた男がカウンターで飲んでいる、バーテンの宇津木も緊張している様子だ。年の頃は自分と同じくらい。触れれば火傷しそうな凶暴さを全身に潜めている感じだ。店に入ってきた群秋生がいうには、男は川中を待っているようだった。後で知るが、この男が「ブラディ・ドール」のカウンターにいる坂井直司だった。

こうして、若月とこの街の仲間たちは、N市の「ブラディ・ドール」に集まった、危険な男たちと順に出会う。川中を乗せた船が姫島に着くと、いつものように出てきた水村は、川中をていねいに迎えた。どうやら川中は久納老人と知り合いで、水村とも旧知の間柄らしい。

こうして若月や波崎は、失踪した安見をめぐり、川中や坂井とともに、大きな抗争の渦に踏み込んでいく。物語は本編を読んでほしい。手の込んだ盗聴をあぶり出すために協力を依頼した吉田が、何者かに拉致され、殺される。自分たちが吉田を巻き込み、死なせることになった。若月はまたひとつ、取り返しのつかない負い目を背負うことになる。

やはり事態は、久納一族のからむ問題だった。久納一族の血を引くが、己の信念で生き方を決めようとして、関係する者たちから追われる村井雄一。それを助けたいと行動をともにした安見。しかし、土壇場で窮地に立った雄一の言葉は、最後まで男であろうとする態度とは違っていた。それでも雄一を助けようとする安見。

エンディングでは、敵の手を逃れ、安見と村井雄一とともに船で海へ逃げる若月。ここからが本当の、男としての我を通すための闘いだ。雄一をロープで引き、安見とともに冷たい海を泳ぎ切る若月。何とか泳ぎ切り、安見と雄一を助けた若月だが、闘いはこれで終わったわけではない。

この疲れ切った身体で、それでも久納満の連れてきたボクサー崩れと1対1で決着をつけようとする若月。自分のこだわりは、自分で決着をつけるしかない。

闘いを終え、助け出すことのできた安見から、後になって、「若月さん、この街にできたお兄さんみたいな気がするんです」と言われた若月は、「おい、安見」、「俺のことは、ソルティと呼べ」と答える。「えっ」と驚く安見に、「そう呼ばれたい人間のひとりに、おまえはなった」と若月は言う。

そのやり取りを聞きながら、眼を閉じて煙を吐き、「若い者が、成長するな。俺も、ついこの間まで、坂井は小僧だと思っていた。いつの間にか、一端になってやがる。そして、俺は老いぼれていくってわけだ」と川中は言う。

しかし、それでも川中は、忍を相手に言う。「小僧に負けてたまるか。そうやって生きてきた。いつの間にか、小僧に花を持たされるようになってる」と。

N市からやってきた「ブラディ・ドール」の川中、坂井との出会い。力を合わせての、安見の救出。彼らが自分たちの街に帰っていってからも、川中や坂井を思い出す若月と波崎。物語は、今後の「ブラディ・ドール」と「約束の街」の登場人物の交錯を匂わせるかのように終わる。

まったく北方先生にはやられました。「約束の街」を最初から読み進める間、途中の巻が何度か書店で見つからず、先にこの「されど君は微笑む」を買って読んでしまおうかと、何度思ったことか…。結局はがまんして、やはり最後にこの巻を読んだのだが、「あー、ここまで読んできた甲斐があった」と一段落しつつ、この後の展開を期待してしまうのであった。


【以下、関連記事】
北方謙三「いつか海に消え行く」(約束の街⑤)
北方謙三「死がやさしく笑っても」(約束の街④)
北方謙三「冬に光は満ちれど」(約束の街③)
北方謙三「たとえ朝が来ても」(約束の街②)
北方謙三「遠く空は晴れても」(約束の街①)
北方謙三「ふたたびの、荒野」(ブラディ・ドール⑩)
北方謙三「聖域」(ブラディ・ドール⑨)
北方謙三「鳥影」(ブラディ・ドール⑧)
北方謙三「残照」(ブラディ・ドール⑦)
北方謙三「黙約」(ブラディ・ドール⑥)
北方謙三「黒銹」(ブラディ・ドール⑤)
北方謙三「秋霜」(ブラディ・ドール④)
北方謙三「肉迫」(ブラディ・ドール③)
北方謙三「碑銘」(ブラディ・ドール②)
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)続き
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)

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February 11, 2008

北方謙三「いつか海に消え行く」(約束の街⑤)

北方謙三「いつか海に消え行く」は、「約束の街」シリーズの第5弾。主人公(語り手)は、南の島で猟師をして暮らしている木野健。瀬名島のホテル夕凪にトローリングにやってきた群秋生と山南定男と木野は出会う。ホテル夕凪のオーナー、神谷可那子に依頼されて、群のパワーボートの船長を務める木野。
Itsukauminikieyukuyakusokunomachi5


文庫版カバーにはこうある。「私はただの猟師のはずだった。妻を事故で亡くし、島へ流れてきてからは。あの男、『殺し』から身を退いた薔薇栽培師、山南との出会いが、私の忘れていた何かを目覚めさせた。街に流入する覚醒剤を執拗に阻止しようとする山南、その瞳に映っているもの、それが見たかったのかもしれない。そして私も、もう一度自分に賭けてみたくなった、これ以上失いたくないものがあるから――。街はふたたび静かなる日々に別れを告げ、そして海は残酷なまでにやさしく男たちを誘う。」と。

自作のルアーをトローリングで試しにきた群秋生に付き添って、この島にやってきた山南は、黒薔薇ばかりをつくっている薔薇職人だという。フォークナーの小説からつけたという「エミリー」という花屋を教えられ、「フォークナー。『エミリーの薔薇』ですか」と答える木野に、群は驚く。

群の所有する37フィートのパワーボート、バートラムに、群と山南を乗せて海に出る木野。トローリングの傍ら、夜ごと街でよくない噂を持つ男たちと会っている様子の山南。

陽の落ちた岩壁で、三人の男にからまれる山南。襲い掛かるのとほとんど同時に、三人は倒れ、山南は静かにその場を去る。しかし、山南は木野のサバニ(小艀)に乗って木野の帰りを待っていた。そのまま、瀬名島の近くの島の岬の鼻にある、木野の家に二人は向かう。

木野の部屋を占領する本の量に感心し、「こんな島で、魚を獲り、本を読みながらのんびり暮らすか。悪くはないな」と呟く山南。「確かに、悪くはないさ。ほかのことをなにも望まなきゃな」と答える木野。

その夜、山南は木野に、自分がかつて殺し屋だったことを話す。話していくうちに、二人は互いが、台湾から流入している薬のルートを探ろうとしていうことに気づく。

そして、自分がかつて弁護士だったことを木野は山南に話す。

ある日のトローリングで群はカジキを釣り上げ、午後早くからホテルのバーで祝杯をあげる一行。そこに踏み込んできた黒沢という男と山南の会話から、木野は「S市の小山」という名を聞く。小山裕。木野が亡くした妻、小山亜希子の弟の名だった。

亜希子が交通事故で死んだのは、木野が抱えた訴訟をめぐって、再三の嫌がらせや脅しがあった果てのことだった。やがて木野は仕事を捨て、ひとりで南の島にやってきた。

小山裕の名を聞いたことで突き動かされ、黒沢の事務所を訪ねる木野。事態をかき回す動きをしたことで、木野は敵に追われ、海上を逃げる途中で狙撃されそうになる。

その後、黒沢からの電話で、自分と組んで仕事をすることを持ちかけられる木野。「考える余地はないか?」と問われ、「ないな」と答える木野。

「なぜ?」と聞く黒沢に、「これ以上、もう失いたくないからだ」と木野は答える。「命以外に、失うものがあるとは思えんがな、あんたを見ていると。――なにを、失いたくないと言うんだね」と問う黒沢。

「俺にあって、あんたにないもの」
「ほう」
「誇りさ」

ここから、黒沢と木野、山南の争いは本格化する。群に断り、山南とともにバートラムで沖に出て、敵をだまして荷を海上で横取りする二人。もう引き返すことのできない抗争に二人は踏み出す形になった。

群とともに本土に帰り、舞台をS市に移しての闘いに乗り出す木野と山南。

ここからのエンディングは、以外なところに読者を引き戻す。この街で「エミリー」を経営し、死んでいった須田光二は、黒沢のかつての相棒だったという。さらに事態は、この街に須田を殺されたと思っている女房、須田美知代を中心に、地元の暴力団をも巻き込んだ複雑なものだったことがわかる。

姫島の久納義正も乗り出し、激しい展開になる抗争のなかで、自らを危険に投げ出して事態を打開しようとする山南と木野。若月や波崎、忍ら、この街の男たちも、美知代や山南を救い出すために動き出す。

暗礁地帯の海域で、取引をしようとする二隻のボートの位置を探り当て、久納義正のメガヨット、ラ・メールからテンダーを降ろし、それで山南と美知代を救出に向かう木野と若月。

そこから先の山南の行動は、彼を追い、助けようとするすべての男たちを驚かせ、必死で追いつつも、行方を見守るしかないものだった。

女が愛する男を死に向かわせるこの街と、その街に残された女を愛する男。黒い薔薇を育てる元殺し屋、山南定男の存在を強く印象づけた作品だ。主人公(語り手)の木野健と、山南とが短い交流のなかで共有した感情も、静かに読者の心をふるわせる。


【以下、関連記事】
北方謙三「死がやさしく笑っても」(約束の街④)
北方謙三「冬に光は満ちれど」(約束の街③)
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北方謙三「遠く空は晴れても」(約束の街①)
北方謙三「ふたたびの、荒野」(ブラディ・ドール⑩)
北方謙三「聖域」(ブラディ・ドール⑨)
北方謙三「鳥影」(ブラディ・ドール⑧)
北方謙三「残照」(ブラディ・ドール⑦)
北方謙三「黙約」(ブラディ・ドール⑥)
北方謙三「黒銹」(ブラディ・ドール⑤)
北方謙三「秋霜」(ブラディ・ドール④)
北方謙三「肉迫」(ブラディ・ドール③)
北方謙三「碑銘」(ブラディ・ドール②)
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)続き
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)

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February 10, 2008

北方謙三「三国志」一の巻(天狼の星)

北方謙三「三国志」一の巻(天狼の星)は、北方歴史作品のなかでも現在、大人気となっている「水滸伝」シリーズより以前に書かれ、2001年に文庫化されてロングセラーとなっている作品だ。Sangokushi1tenrounohoshi


三国志といえば、漢王室の血を引く劉備と、関羽と張飛という二人の豪傑が出会い、義兄弟の契りを結んだ後に、天下のために志を立て、闘いに乗り出していく物語だが、この定番の物語が、北方謙三によって、独特のストーリーとタッチに仕上げられていて興味深い。

「ブラディ・ドール」をはじめとした北方ハードボイルド作品のあるファンサイトでは、この北方「三国志」を、ブラディ・ドールと比較して喩えており、そこでは「劉備=川中」だというイメージ論もあるほど。確かに読んでいくと、そう感じる場面がある。

先のサイトでは、こんな場面をあげている。劉備が役人についたある県に見回りにきた役人とのやりとりだ。「劉備は督郵に歩み寄った。なにか用かというように、督郵が濁った眼をむけてきた。その顔の真ん中に、劉備は拳を叩き込んだ。――」

さらに役人を殴り続ける劉備をとめようと、駆け込んできた関羽と張飛に劉備は言う。「いいのだ関羽。こんな男は殴り殺して、また原野に出るぞ。役人がどんなものか、よくわかった」。

後に、曹操や孫権らと覇権を争い、魏・呉・蜀の新たな3国をそれぞれに打ち立てていくなかで、最も主人公に近い存在となるこの劉備を、北方「三国志」ではこんなふうに描いている。

この「三国志」一の巻(天狼の星)では、劉備・関羽・張飛の出会いから、黄巾の乱を経て、後に呉を制する孫権の父である孫堅の死までが描かれている。

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北方謙三「死がやさしく笑っても」(約束の街④)

北方謙三「死がやさしく笑っても」は、「約束の街」シリーズの第4弾。主人公(語り手)は、ノンフィクション・ライターの田村幸太郎。田村は、南の島の土地買収のために使われた金の流れと、久納義正のことを調べにこの街にやってきた。
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文庫版カバーにはこうある。「虚飾と欲望に彩られた街。私はこの土地の権力者・久納義正を取材するためにやって来た。ジャーナリストは復讐のために始めた稼業だった。それがいつしか裏で記事を買い取らせるようになっていた。あの少年と出会うまでは。――少年の家族は瀬名島で利権争いに巻き込まれていた。私は彼と行動する事で、久納義正と少年の母に秘められた過去を知った。やがて激化する利権抗争。少年の母が危険に晒される。その時、老いた男の命を賭けた姿が、私の心に再び火をつけた! いま、滅びゆく者の人生が魂を激しく突き動かす。」と。

南の島(瀬名島)の空港建設にからむ土地買収の動きから、この街の久納一族の資金力や影響力をかぎつけた田村は、街での調査を開始する。その動きをさりげなく見張り、阻もうとする波崎と若月(ソルティ)。

動き始めた田村は、いまも相棒が引き続き調査を続ける瀬名島のホテルの経営者の息子・神谷俊一を街で見つける。俊一は島から家出をして、この街に実の父親がいることを確かめようとしにきたらしい。俊一の父、神谷弘二は新空港建設用地を買収した張本人だった。

俊一の行動からも、久納一族と土地買収の関係を確信した田村は、俊一と組んで、実の父親探しを手伝う動きに出る。その過程で、波崎や若月、作家の群秋生や、ホテル・カルタヘーナの総支配人・忍信行から、この街と久納一族のことを、少しづつ聞かされる田村。とくに作家の群秋生は、かつて田村が書いた人物ルポも読んでおり、その内容を評価していた。

久納一族の本家筋の兄弟である、弟の久納均と兄の久納満と会うことを希望する神谷俊一。当初は久納均のことを、自分の実の父親なのではないかと疑ってかかる俊一。自分の父の神谷弘二を裏で操り、空港の用地買収の糸を引いていたのは、この久納均だと知る。

しかし、田村と俊一の動きを知って、俊一を強引に探し出そうとしたのは、一族の長老であり、姫島に住む久納義正だった。姫島の意向で、水村も街で動き出す。

瀬名島の土地買収に関係するのは、島民や空港・建設関係者だけではなかった。どうやら政治家やそれにからむ組織も巻き込んでの抗争に進展しているという。

瀬名島をめぐる抗争のなかで、俊一の父親・神谷弘二が殺されたことを知って、久納義正が動き出す。ふだんはこの街の争いを姫島で静観している久納義正が動き出すことは、一族の血をひく忍にとっても、いままでに経験のなかったことだった。甥にあたる久納均に詰め寄り、土地の権利書を強引に買い取る義正。

そして久納義正の所有する船、ラ・メールで一直線で瀬名島に向かう、久納義正と俊一、田村、若月。水村は先に瀬名島に入っているという。狙いは、土地の権利書を自分が持つことで、瀬名島で小さなリゾートホテル「夕凪」を守る、俊一の母親、神谷可那子を守り、同時に空港用地をめぐる抗争を終わらすことだった。

それでも、権力や資金力に頼ることをせず、村と若月だけに助けを頼み、自らの身体を盾にして、それをやろうと決意している久納義正。神谷俊一もそれに同行するという。

この先、エンディングに向かうなかで、身体を張って敵を誘い出す久納義正と俊一、田村。闘いのなかで、義正と俊一の絆は強くなっていく。

やがて闘いを終え、怪我の癒えるのもまたずに、再びラ・メールに乗って、姫島に帰ろうとする久納義正に、「社長の人生の夕凪はここにあると思ってください」と神谷可那子は言う。「俺の夕凪はここにある。それだけは思っておこう」と答える義正。

「坊主、おまにに命を助けられた。それは忘れない。ありがとうよ。俊一」と言って、島を立ち去る義正。

この「約束の街」シリーズの冒頭の3作では、姫島から一族の争いを苦々しく見守っている頑固な老人として描かれてきた久納義正が、本作「死がやさしく笑っても」では、突如としてアクションを起こし、無謀なまでの決意で南の島までの航海を乗り切り、さらに島では少年と田村とともに、抗争のなかに飛び込んでいく。

シリーズを通して重要な存在としてあり続ける姫島の老人、久納義正が、素顔の人間味を見せる作品。俊一の父、神谷弘二は殺害されるが、主要な人物が死ぬことは今回はなかった。「約束の街」シリーズのなかでは、読後にほっとした温かみを感じることができる作品だ。

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北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)続き
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)

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February 08, 2008

北方謙三監修「男たちの荒野」(ブラディ・ドール読本)

北方謙三監修「男たちの荒野(まち)」は、正確に言えば北方作品ではない。あくまで「監修」となっている。Otokotachinokouyabloodydolldokuhon


しかし、巻頭の北方謙三氏へのロングインタビューをはじめ、この「ブラディ・ドール」という連作に関連する話題をはじめ、北方ハードボイルドに関わるさまざまなことが盛りだくさんに紹介されている本書は、やはり北方ファンには一度は目を通しておきたい本だろう。

文庫版カバーの紹介文にはこう書かれている。「“ブラディ・ドール”、癒されぬ傷を持った男たちの酒場。そこには幾多の闘い、死があった。死んでいった男たちに墓標はない。だが私の心に、彼らの猛き魂は永久に生き続ける。友よ、同じ荒野を生きたけものよ、私はおまえを忘れない。そして今こそ、おまえの碑銘を刻もう――。不朽のハード・ボイルドシリーズ“ブラディ・ドール”。己の掟に生き、心引き裂く闘いにあえて挑んだ者たちの物語が、今ここに集約される。著者が語るシリーズ誕生秘話から、荒野を駆けた男たちの軌跡、そして作中を彩った登場アイテムまで、すべてのエッセンスを分析し収録した熱き魂の聖典!」と。

角川文庫から平成13年9月25日に初版発行されている同書。あえてここで、その目次を紹介しておきたい。

●「男たちの荒野」(ブラディ・ドール読本)目次

Ⅰ 言葉 北方謙三ロングインタビュー
Ⅱ 歴史 北方謙三を囲む人々
Ⅲ 物語 死に逝く男たちが、街に記す足跡
Ⅳ 抜粋 彼らについての、いくつかの記憶
Ⅴ 愛着 北方謙三を構成するものたち
Ⅵ 世界 場面を彩る、さまざまなものたち
Ⅶ 愛車 車が語る物語
Ⅷ 趣味 ある作家の休日
Ⅸ 記録 事件、そして軌跡
Ⅹ 未来 「約束の街」創作ノートから
ⅩⅠ人々 プロフィール&メッセージ

どうだろう。文庫版ではあるが、本書の扉は、原稿用紙に北方謙三自筆だと思われる「荒野へ還れ」という文字で飾られている。そして次ページには氏の写真。続いて上の目次。北方ファンならば興味を持たすにはいられない。

だいたいが、冒頭の「北方謙三ロングインタビュー」からして、読み応え十分。文庫版ではあるが、43ページにわたるこのインタビューのなかの小見出しを見ると、どんな内容か想像がつくだろう。

●北方謙三は、荒野をゆく。
・デビューから『さらば、荒野』誕生まで
 ―いままでに一度もしゃべったことがない創作秘話?―
・“ブラディ・ドール”はいかにしてシリーズ化されたか
 ―『さらば、荒野』に書き残してしまったもの―
・“ブラディ・ドール”シリーズで表現したかったもの
 ―“ブラディ・ドール”はシリーズものではない?―
・キャラクターはどうやって生み出されたのか
 ―川中のモデルは石原裕次郎だった―
・“ブラディ・ドール”から「約束の街」シリーズへ
 ―二つのシリーズの関係は……?―

ええーっ! やはり「ブラディ・ドール」と「約束の街」って…、と思ってしまう私。最後にインタビュアーの小梛治宣(おなぎはるのぶ)氏はこう結んでいる。

「……ということで、水村と藤木の関係がどうだったのかということ(『されど君は微笑む』で水村は、自分のせいで藤木が最初の殺しをやったと語っている)も含めて、今後の展開を大いに期待したいと思います」。

って、やはり「ブラディ・ドール」の藤木と「約束の街」の水村って何だか存在感と立ち位置が似てると思ってたけど、二人は何か関係あったのかぁ? と思ってしまう意味深な文章だ。後に二人の関係を知ったときには「やっぱりな!」とひとりで悦にいっていたのは自分だけなのだろうか?

という具合に、北方作品をもう一歩深く楽しめるヒントが本書にはいっぱい! 北方氏の好む葉巻やクルマ、船と釣り、別荘などがについて、かなり突っ込んで紹介されている。

とくに、目次ではⅢの、物語「死に逝く男たちが、街に記す足跡」では、連作「ブラディ・ドール」シリーズの全10巻のあらすじが、簡潔な文章で紹介されている。シリーズのオーバービューにはもってこいの構成だ。

さらに、目次Ⅳの抜粋では、「ブラディ・ドール」の主だった登場人物が、川中良一〈さらば、荒野。ふたたびの、荒野、ほかシリーズ全編〉、宇野雄一郎(キドニー/シリーズ全編)、藤木年男(立花/①さらば、荒野~黙約)、坂井直司〈碑銘、ほか全編〉、秋山律〈肉迫、ほか全編〉、秋山菜摘、秋山安見、遠山一明〈秋霜、ほか全編〉、叶竜太郎〈黒銹、ほか⑤~⑦残照〉、沢村明敏〈⑤黒銹、ほか全編〉、桜内(ドク/⑥黙約、ほか全編)、山根知子、下村敬〈⑦残照~⑩ふたたびの、荒野〉、立野良明〈⑧鳥影〉、西尾正人〈⑨聖域〉、などが紹介され、その後に、「地図にかえて――男たちの荒野について」という章で、「ブラディ/ドール」の舞台となったN市の解説がある。

おまけに、上記の「ブラディ・ドール」の登場キャラの紹介の後には、「約束の街」の登場人物である若月真一郎の作中プロフィールまで紹介されている。もう、こうなると「ブラディ」ファンは、北方センセイの術中にすっかりハマってしまうこと間違いなし!

しかし、個人的に最も興味を惹いたのは、Ⅸ「記録 事件、そして軌跡」のなかに、かなり無理して作成したであろう“ブラディ・ドール”シリーズ年表があり、その後の、Ⅹ「未来 『約束の街』創作ノートから」には、この「約束の街」を俯瞰した手描きの地図が掲載されていたことだった。

これだけでも、「ブラディ・ドール」に続く連作「約束の街」シリーズを読むときに、何倍にも想像力を高めてくれるに違いない。

そして1冊のエンディングには、おそらく藤木の墓碑銘が彫ってあるのだろう、ジッポのオイルライターの写真がある。もー、たまらんですな!

それにしても、この「男たちの荒野」の文庫カバーの表紙の写真は、シンガポールスリングで有名なラッフルズ・ホテルのロングバーの写真なのではないかな? 誰か知っている方いたら教えてください。

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