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February 12, 2008

北方謙三「されど君は微笑む」(約束の街⑥)

北方謙三「されど君は微笑む」は、「約束の街」シリーズの第6弾。主人公(語り手)は、シリーズ第1弾の「遠く空は晴れても」と同じく、再び若月真一郎(ソルティ)に戻るのだが、今回は主な登場人物が、何と「ブラディ・ドール」シリーズの主役である川中良一と坂井直司、それに秋山律の娘、秋山安見となる。
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ここで物語としては初めて、「ブラディ・ドール」と「約束の街」が交錯する。北方HB作品の、とりわけ「ブラディ・ドール」シリーズのファンとしても、見逃せない展開となる。

文庫版カバーにはこうある。「幾つもの死を見すぎた眼、いつまでも心を衝く悲しい笑顔。川中良一の最初の印象だ。川中は街にトラブルを運んでやってきた。N市で“ブラディ・ドール”という酒場を経営する川中は、ホテル・キーラーゴの社長の娘・秋山安見を探しに来たのだった。安見はプロの殺し屋に狙われていた……。他人の人生の暗いところに首を突っこみ、塩辛い思いをしてばかりいる“ソルティ”と、川中は抗争の渦中に飛び込む!! 虚飾の街に”ブラディ・ドール”の男たちが集う。北方謙三ハードボイルドの集大成、大長編。」と。

数年ぶりに雪が降り積もった日に、海沿いの道で出会った若い女と、助手席の髪の長い青年。スタックしている様子の車に話しかけてみたが、できるかぎり余計なものには関わらないように、その場を後にする。

そのすぐ後に、用事を済ませた港町で、ひとりで歩いてくる水村と出会う。姫島からこの漁港まで40キロ近くの距離を、苦にもせずランナバウトで渡ってきてしまう水村。

そして夜、バー「てまり」で飲んでいる川中と出会い、話をする群秋生と若月。バーテンの須田は、川中に死んだ以前のボス・須田光二の面影を見てしまう。

闊達の喋り、人を惹きつけてしまう笑顔を見せながらも、人が死んでいくのを見すぎた川中の眼は、若月の心を哀しく衝く。

六ヶ月になる娘の亜美を育てながら、牧子と暮らす若月。自分がこんなふうに父親らしくなることを、若月は想像したこともなかった。

顔を出したホテル・カルタヘーナの社長室には、忍のほかに波崎も来ていた。人を探す仕事。名前は秋山安見といい、男と一緒でグレーの国産車に乗っているという。どうやら、あの雪の日に会った若者がそうらしい。

波崎とともに、秋山安見を探すことになった若月。はじめは波崎も、依頼人も一緒にいる男の名も教えようとしない。すでに川中と会っている若月は、確実にトラブルの匂いを感じ取る。若月は川中が依頼人だと思う。しかし、実際の依頼人は、N市に住む遠山一明という画家だった(この遠山は、「ブラディ・ドール」シリーズ④「秋霜」で、岬の鼻の断崖絶壁をよじ登って、若い女に会いに行った、あの老画家だ)。どうやら、忍と遠山とは旧知の間柄らしい。

安見を探す手がかりとして川中に目をつけた若月と波崎はこんな会話を交わす。
「ところでソルティ、今度のやつは匂うのか。でかいトラブルになるって?」
「俺は、川中って男がからんでいたら、とんでもないことになりそうな気がする」

川中を探しに街に出た若月が見つけたのは、須田美知代が経営する花屋「エミリー」の前に停まっている川中の車だった。行く先の見当をつけて追ったには、かつて山南が黒薔薇を育てていたバラ園で、二人はバラ園のなかにあった。秋山が残したホテル・キーラーゴの庭で、このバラを育てたいのだという。

話してみると川中は、「姫島に行くから船を出せ」という。若月が川中から秋山安見について聞き出し、川中はこの街と久納一族について、若月から話を聞いた。それでも川中は姫島の久納義正に会うという。

夜、波崎と会う約束をした「てまり」に行くと、また危険な匂いをさせた男がカウンターで飲んでいる、バーテンの宇津木も緊張している様子だ。年の頃は自分と同じくらい。触れれば火傷しそうな凶暴さを全身に潜めている感じだ。店に入ってきた群秋生がいうには、男は川中を待っているようだった。後で知るが、この男が「ブラディ・ドール」のカウンターにいる坂井直司だった。

こうして、若月とこの街の仲間たちは、N市の「ブラディ・ドール」に集まった、危険な男たちと順に出会う。川中を乗せた船が姫島に着くと、いつものように出てきた水村は、川中をていねいに迎えた。どうやら川中は久納老人と知り合いで、水村とも旧知の間柄らしい。

こうして若月や波崎は、失踪した安見をめぐり、川中や坂井とともに、大きな抗争の渦に踏み込んでいく。物語は本編を読んでほしい。手の込んだ盗聴をあぶり出すために協力を依頼した吉田が、何者かに拉致され、殺される。自分たちが吉田を巻き込み、死なせることになった。若月はまたひとつ、取り返しのつかない負い目を背負うことになる。

やはり事態は、久納一族のからむ問題だった。久納一族の血を引くが、己の信念で生き方を決めようとして、関係する者たちから追われる村井雄一。それを助けたいと行動をともにした安見。しかし、土壇場で窮地に立った雄一の言葉は、最後まで男であろうとする態度とは違っていた。それでも雄一を助けようとする安見。

エンディングでは、敵の手を逃れ、安見と村井雄一とともに船で海へ逃げる若月。ここからが本当の、男としての我を通すための闘いだ。雄一をロープで引き、安見とともに冷たい海を泳ぎ切る若月。何とか泳ぎ切り、安見と雄一を助けた若月だが、闘いはこれで終わったわけではない。

この疲れ切った身体で、それでも久納満の連れてきたボクサー崩れと1対1で決着をつけようとする若月。自分のこだわりは、自分で決着をつけるしかない。

闘いを終え、助け出すことのできた安見から、後になって、「若月さん、この街にできたお兄さんみたいな気がするんです」と言われた若月は、「おい、安見」、「俺のことは、ソルティと呼べ」と答える。「えっ」と驚く安見に、「そう呼ばれたい人間のひとりに、おまえはなった」と若月は言う。

そのやり取りを聞きながら、眼を閉じて煙を吐き、「若い者が、成長するな。俺も、ついこの間まで、坂井は小僧だと思っていた。いつの間にか、一端になってやがる。そして、俺は老いぼれていくってわけだ」と川中は言う。

しかし、それでも川中は、忍を相手に言う。「小僧に負けてたまるか。そうやって生きてきた。いつの間にか、小僧に花を持たされるようになってる」と。

N市からやってきた「ブラディ・ドール」の川中、坂井との出会い。力を合わせての、安見の救出。彼らが自分たちの街に帰っていってからも、川中や坂井を思い出す若月と波崎。物語は、今後の「ブラディ・ドール」と「約束の街」の登場人物の交錯を匂わせるかのように終わる。

まったく北方先生にはやられました。「約束の街」を最初から読み進める間、途中の巻が何度か書店で見つからず、先にこの「されど君は微笑む」を買って読んでしまおうかと、何度思ったことか…。結局はがまんして、やはり最後にこの巻を読んだのだが、「あー、ここまで読んできた甲斐があった」と一段落しつつ、この後の展開を期待してしまうのであった。


【以下、関連記事】
北方謙三「いつか海に消え行く」(約束の街⑤)
北方謙三「死がやさしく笑っても」(約束の街④)
北方謙三「冬に光は満ちれど」(約束の街③)
北方謙三「たとえ朝が来ても」(約束の街②)
北方謙三「遠く空は晴れても」(約束の街①)
北方謙三「ふたたびの、荒野」(ブラディ・ドール⑩)
北方謙三「聖域」(ブラディ・ドール⑨)
北方謙三「鳥影」(ブラディ・ドール⑧)
北方謙三「残照」(ブラディ・ドール⑦)
北方謙三「黙約」(ブラディ・ドール⑥)
北方謙三「黒銹」(ブラディ・ドール⑤)
北方謙三「秋霜」(ブラディ・ドール④)
北方謙三「肉迫」(ブラディ・ドール③)
北方謙三「碑銘」(ブラディ・ドール②)
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)続き
北方謙三「さらば、荒野」(ブラディ・ドール①)

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