北方謙三「群青」(神尾シリーズⅠ)

北方謙三「群青」は、元一等航海士・神尾修二を主人公(語り手)とするシリーズの第1話。10年間、航海士として外国航路で過ぎしてきた神尾修二が船を降りて間もなく、古い友人どうしの殺人事件をめぐり、望んだわけではないトラブルに巻き込まれていく。
1994年4月25日に初版発行とされている集英社文庫のカバーには、「一等航海士・神尾修二は、友人の戸山が殺されたことを航海中に知る。神尾の婚約者を自称する教子のトラブルが原因という。婚約をした覚えがない彼にとっては、不可解な事件だった。職を辞し、横浜に上陸した神尾に、さまざまな男女が接触してくる。そして不可解な暴力が彼を襲う――男の怒り、哀しみを鮮烈に描く新シリーズ第一作」とある。
横浜の港で船を降りた神尾を待っていたのは、両足のない弁護士・八木辰造だった。八木は神尾に、戸山と小谷の事件に関して、「自分の足になれ」という。
帰国する度に神尾が宿泊してきた「楡ホテル」に入り、外出したその夜、いきなり二人の男に襲われる。理由は、永井教子との結婚の約束をしたと思われてのことのようだ。しかし、神尾にその覚えはない。
関内の行きつけのバー「らくだ」で働いていた教子の行方を、その店のマスター、大島に尋ねに行く神尾。そこでは怪しげな亀井商会の男たちと、神奈川県警捜査一課の木下警部補と出くわす。やはり何か理由があって、神尾は付け回されているようだ。
その木下刑事から、「婚約者に会わせてやる」と言われ、永井教子がいたらしい家を訪ねる。しかし、そこにはもう教子はいなかった。楡ホテルの部屋に帰ると、今度は3人の男に襲われる。
翌日、傷ついた身体を引きずって、ボクシングジムに入会する神尾。ジムから出てきた神尾を、また黒塗りの車に乗った弁護士・八木が待っていた。車を買おうと考えた神尾を、知り合いの店に案内する八木。マセラーティ・スパイダーに目をつける神尾に、「いい眼をしているぞ」という八木。それでも結局その日は車を買わずに帰る。
それから次々と、この「神尾シリーズ」に以後登場する人物が神尾の前に現われる。姿を隠した永井教子の義理の姉と名乗る中沢恵子。八木の弁護士事務所に所属し、神尾の側にいることを命じられる若き弁護士・秋月明。ボクシングジムで神尾に声をかける先輩ボクサー・長坂。
その間、永井教子から連絡があり、神尾に「助けてほしい」と彼女は言う。しかし、数日後に再び連絡をしてきた教子を迎えに行った、本牧埠頭のセンターピアの車のなかで、彼女は殺されていた。
その後、ジムの帰りに秋月に連れて行かれたレストランで、どうやら八木老人と知り合いらしい、このレストランの女主人・水町三佐子と初めて出会う。「実は、ここの二階が空いてましてね」と、これまでさんざん探して決まらなかった部屋を神尾に勧める秋月に、神尾は「借りよう」と即決する。
そして、これも秋月に依頼して購入と車庫証明の手続きをしてもらった濃紺のスパイダー・マセラッティーと一緒に、たったひとつのスーツケースを持って、神尾はこの二階の部屋に引っ越してくる。その後、秋月を乗せて行った本牧埠頭センターピアで、「あそこから、俺の陸(おか)の生活ははじまるような気がする」と秋月に言う神尾。その場所を、「俺の、屈辱の場所さ」と神尾は言う。
そして神尾は、中沢恵子が経営する「港南ワールド」を訪ね、恵子が神尾に依頼した「永井教子を見つけて」という件の報酬を「今夜の食事で」払えという。それに応えて、神尾を食事に招いた恵子は、食後に自宅に案内し、そこで洋一というひとりの少年を神尾に紹介する。「さっきの依頼の件、彼からのものにするわ。永井洋一。永井教子のひとり息子よ。報酬は、彼の全財産。そうね、郵便貯金の八千円というところかしら」という恵子に、「引き受けた」と答える神尾。
ここから、永井教子の殺された理由を探って、さらに大きなトラブルにからんでいく神尾の物語は佳境に入っていく。最初に殺された戸山と、マンション販売会社を経営する戸山の母親。戸山を殺した疑いで拘留されている小谷。亀井商会の亀井。県警の木下刑事…。神尾の動きが、それぞれを刺激し、また新たな動きを見せる。
その間も、ジムで長坂から教わったフットワークをひたすら練習し、身につけようとする神尾。肉体への負荷とともに、自分の身体のなかの「けもの」も目覚めていくことを感じる神尾。やがて秋月のジムでのトレーニングも、少しずつ格好がついてくる。
ようやく事件のおよその経緯を探り出し、まだ母親が生きていると信じてきた洋一に、教子の殺された理由を伝えようとした神尾だが、そこに洋一が拉致されたらしい知らせが届く。かつての船の仲間に力を借りて、入港中の船のなかから、洋一が捕らわれている上総丸にあたりをつける神尾。
洋一を助けるために、単身で上総丸に漕ぎつける神尾。ここからは激しい闘いが繰り広げられる。
冒頭ではゆっくり時間が流れていた物語が、佳境からこのエンディングに向けて急展開を見せ、読んでいるとぐいぐい話しに引き込まれていく。最後は、事件は解決したように見えても、決して癒えない傷を神尾が追うという悲しい終わり方になるのだが、これもこの「神尾シリーズ」の、ひとつの特徴にこれからなっていく。
鎮魂と再生と、その果てしない繰り返しのなかで、主人公である神尾と、ぐんぐんたくましくなっていく弁護士・秋月のペアが、海を渡って繰り広げるこの「神尾シリーズ」は、他の北方作品とは違った魅力で、読む者を惹きつけて離さない。重い荷物を背負ってしまった中沢恵子と神尾との哀しく強い精神的な関係も、このシリーズのひとつの軸になっている。
まだ感想は書いていないが、この「神尾シリーズ」の現在までの文庫版ラインナップは以下の通りだ。
①「群青」(神尾シリーズⅠ)
②「灼光」(神尾シリーズⅡ)
③「炎天」(神尾シリーズⅢ)
④「流塵」(神尾シリーズⅣ)
⑤「風烈」(神尾シリーズⅤ)
⑥「海嶺」(神尾シリーズⅥ)


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